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  • tetsujiro369

眠れぬ毎日の中で、長い深夜の時間を過ごす方法は人それぞれあると思うが、


自分はもっぱら映画を見てコーヒーを飲んでいる。


暗室作業のない時は、映画を見た後に、朝日を眺めてから眠りにつくことが多い。


寫眞家は光を追いかけているのに、生活は闇の中で過ごす。


今日見た映画は『光』という題名のものだった。


自分は映画を見る時は先入観なしに見たいので、レビューなどは見ない。


初めて見た映画だった。河瀬直美と言う監督の作品で、


写真家でもある永瀬正敏がカメラマン役と言うことで興味が湧いて見てみた。



主人公は視覚障害者用の音声ガイドを作成する女性。永瀬正敏が演じるのは、弱視になった元写真家の男。


最初見始めた時は、ありがちな日本映画と思った。


光にあふれた映像、目的を探し求める主人公。争いながらも進まなれけばいけない人生。


前半の30分ほどで止めようかと思ったが、深夜の長い時間を過ごすにはいいかなと思って、


パイプタバコを吸いながら見ていた。


映画の音声ガイドの試聴をするシーンで、主人公の原稿が感情の押し付けだと指摘する元カメラマン。


実は、このシーンが布石になっていて冒頭から感じていた印象を映画の中で言ってしまう。


しかし、そこからこの作品の中の映画とが合わせ鏡のようになっていき、途中に目の見えない女性が、主人公に問いかけるシーンに落とし込んでいく。


目の見えない人が映画の中に入り込んでいく感覚を説明する台詞なのだが、まさにこの辺りから次第に自分もこの『光』という映画の世界の住人になって行く。


まるで主人公の女性の音声ガイドに導かれるように。


自分の拙い説明では、この感覚をうまく表現できないが、いい映画を見たと感じたのは間違いない。


深夜の長い時間は時に自分にとって苦痛の産物にもなるが、こういった時間を過ごすことがより豊かな感性を磨くことにもなるので好きだ。


『光』いい映画だった。


もしまた機会があれば見直してみようと思った。


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